人の欲望(攻撃欲)を癒す
支配欲と
「信仰に対する攻撃欲求」
ヒトが持ってしまうこともある「欲望」を癒す
ヒーラーrelaxmax
いろんな意味で
「ヒト」として
そういう「欲求」=攻撃欲求を持つ人も(人らしさとして)
いるにはいる
それを思ったのが
ムハンマドさんが
「危険をおかして」お祈り
どうしてしなければ?
(どうしてリスク?)
だって
「いつでも安全にお祈り」出来ていいはずなのに。。。
「多神教の人がムハンマドさんの信仰心を攻撃」
あのお話しを読んで思ったこと
人の欲望(攻撃欲求)を癒す!
「支配欲」とともに。。。
また、
ムハンマドさんが
危険をおかしてまで、、、
「その場所で」「お祈り」
そこを「狙う 攻撃する場所は 祈る場所」だったのはどうしてだろう?
多神教の、、、
「ご飯食べるレストラン」ではなく
「日々の祈りの場所」
「攻撃欲求 (ヒトにあるもの)」
「支配欲」
どうしてなんだろう?
コーランを読んで
いろいろ思う
メッカの多神教「人たち」の中にある攻撃欲求
(コーラン ムハンマドさん
そのお話しの中に 「あったリスク」)
危険をおかして
「リスク」
どうしてなんだろう?
攻撃を受けるリスク
Stole many a man’s soul and faith
悪魔は
長い間ずっと
たくさんのヒトの
魂と信仰
を盗んでいた
(悪魔の名はslave tradersとも言う)
stole man’s soul and faith
信仰 faith盗む
(hope you guess his name!)